ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 元関脇・琴ノ若晴將の現役時代の活躍と佐渡ヶ嶽部屋継承、二代目琴櫻への四股名継承の軌跡

元関脇・琴ノ若晴將の現役時代の活躍と佐渡ヶ嶽部屋継承、二代目琴櫻への四股名継承の軌跡

花苑 理恵 花苑 理恵 • 更新: • 公開: • 読了約 7 分
目次

日本相撲界において、長年にわたり独自の存在感を放ち続けた元関脇・琴ノ若晴將。山形県尾花沢市出身の巨漢力士として土俵を沸かせ、引退後は佐渡ヶ嶽部屋を継承し、現在は親方として後進の指導にあたっています。加えて、その血を受け継いだ長男・将且氏が「二代目琴櫻」として大関へと昇進したことは、相撲ファンのみならず多くの人々の感動を呼びました。

本記事では、琴ノ若晴將の現役時代の輝かしい足跡や金星の数々、佐渡ヶ嶽部屋継承の背景、そして息子である二代目琴櫻への四股名継承に秘められた知られざるドラマと現在について、徹底的に解説します。

琴ノ若晴將のプロフィールと現役時代の歩み

琴ノ若晴將

琴ノ若晴將(ことのわか てるまさ)は、1968年5月15日生まれ、山形県尾花沢市出身。佐渡ヶ嶽部屋に所属した昭和から平成にかけての大相撲を代表する力士の一人です。本名は鎌谷満也(旧姓今野)。身長191cm、体重181kgという恵まれた巨体を活かした、右四つ、寄り、上手投げを得意とする重厚な相撲を持ち味としていました。愛称は「ワカ」として親しまれ、その端正なルックスから女性ファンからも絶大な人気を誇りました。

初土俵から地道に番付を駆け上がり、1993年9月場所で新小結に昇進して8勝7敗と勝ち越しを記録。その後は小結と平幕を行き来する苦労を経験しながらも、着実に実力を磨いていきました。特に上位陣に対する健闘は光り、1995年7月場所では2大関を破り初の三賞(敢闘賞)を受賞。1996年7月場所では、当時の横綱である曙と貴乃花の両横綱を撃破する「ダブル金星」を達成し、殊勲賞を獲得するなど、大一番での勝負強さを発揮しました。

最高位は西関脇(1999年1月場所、3月場所)を記録。番付運に恵まれない時期や、大胸筋の挫傷、膝の大きな怪我など、幾度もの深刻な故障に悩まされながらも、驚異的なリハビリと精神力で土俵に立ち続けました。2004年には33場所ぶりとなる三賞返り咲きを果たし、ベテランの意地を見せつけました。2006年5月27日に両国国技館で引退相撲を行い、現役生活に幕を下ろしています。

佐渡ヶ嶽部屋の継承と一門を支える指導者への道

琴ノ若晴將の人生の大きな転換点となったのが、1996年4月に当時の師匠(先代佐渡ヶ嶽親方)の長女・真千子さんと結婚し、婿入りの形で佐渡ヶ嶽部屋を継承することが決まったことです。名門・佐渡ヶ嶽部屋の伝統を守り、次世代を育成する重責を担うことがこの時点で約束されました。

先代が定年退職を迎えた2005年の九州場所を機に部屋を継承し、現在は年寄・佐渡ヶ嶽として部屋の舵取りを行っています。現役時代に味わった度重なる怪我や苦難の経験は、指導者となってからの力士たちへのアドバイスに深く活かされています。厳しさと温かさを兼ね備えた指導方針で、多くの関取を輩出する名門部屋の基盤をしっかりと守り抜いています。

琴ノ若晴將の主な経歴・実績まとめ

ここでは、元関脇・琴ノ若晴將の現役時代から現在に至るまでの主な軌跡を分かりやすく表にまとめました。

時期・年代 主な出来事・実績 備考・詳細
1968年5月15日 山形県尾花沢市で生まれる 本名:鎌谷満也(旧姓今野)
1993年9月場所 新小結昇進 8勝7敗と初挑戦で勝ち越しを記録
1996年4月 結婚と部屋継承の決定 先代佐渡ヶ嶽親方の長女と結婚
1996年7月場所 ダブル金星を獲得 曙・貴乃花の両横綱を破り殊勲賞を受賞
1999年1月・3月場所 最高位「西関脇」に昇進 長年の努力が実を結び、同期の琴錦に最高位で並ぶ
2006年5月27日 両国国技館で引退相撲 長男・将且氏との取組を実施。年寄・佐渡ヶ嶽を襲名
現在 佐渡ヶ嶽部屋の師匠として活動 二代目琴櫻の父として、後進の指導と部屋の運営に尽力

息子・二代目琴櫻への四股名継承のドラマと背景

琴ノ若晴將のキャリアにおいて特筆すべきは、自身の血筋と四股名が長男である将且(まさかつ)氏へと受け継がれたことです。将且氏は高校在学中の2015年11月場所で佐渡ヶ嶽部屋に入門し、「琴鎌谷」の四股名で初土俵を踏みました。翌2016年1月場所では序の口で全勝優勝を飾るなど、早くからその才能を発揮していました。

父である琴ノ若は、入門時に「琴ノ若」の四股名を継承させることを約束していましたが、本人の実力が伴うまでは名乗らせないという厳格な方針をとっていました。幕下に昇進した2019年7月場所、十両昇進が承認されたことを契機に、将且氏は「二代目琴ノ若」を襲名し、晴れて関取となりました。

加えて、義父でもある先代佐渡ケ嶽の現役時の四股名である「琴櫻」については、大関昇進以降であれば継がせてよいという生前の約束がありました。この約束通り、二代目琴ノ若は悲願の大関昇進を果たし、「二代目琴櫻」へと四股名を改名。父から子へ、そして先代から孫世代へと、佐渡ヶ嶽部屋の歴史と魂が脈々と受け継がれています。

【琴ノ若晴將】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:琴ノ若晴將の最高位は何位ですか?
A1:最高位は西関脇(1999年1月場所および3月場所)です。小結と平幕を往復しながらも、粘り強い相撲で長年にわたり上位で活躍しました。

Q2:息子である二代目琴櫻との関係はどのようなものですか?
A2:二代目琴櫻(琴櫻将傑)の父親であり、佐渡ヶ嶽部屋の師匠として指導にあたっています。現役時代には引退相撲で対戦し、四股名の継承を通じて厳しくも温かく成長を見守ってきました。

Q3:現在の活動拠点はどこにありますか?
A3:日本相撲協会の年寄(佐渡ヶ嶽親方)として、佐渡ヶ嶽部屋の師匠を務めており、力士たちの育成と部屋の運営に専念しています。

まとめ:名門佐渡ヶ嶽部屋の伝統を守り続ける現在

元関脇・琴ノ若晴將は、現役時代に度重なる怪我や厳しい試練を乗り越え、数々の金星や名勝負を刻んできた実力派力士でした。その不屈の精神と相撲道に対する真摯な姿勢は、師匠となった現在、佐渡ヶ嶽部屋の若い力士たちへと確実に受け継がれています。

そして、息子である二代目琴櫻が大関として土俵を沸かせている姿は、父として、また師匠としての最大の誇りと言えます。過去の栄光にとどまらず、次世代の育成を通じて相撲界の発展に貢献し続ける琴ノ若晴將の今後の動向から、ますます目が離せません。

同じカテゴリの記事

花苑 理恵
デジタルマーケター 花苑 理恵
プロフィールを見る →

芸能・エンタメ領域を13年担当。所属事務所の公式リリース、番組公式サイト、配信サービスの告知を一次情報として確認し、出典が取れない内容は掲載しない方針です。

おすすめの関連記事